床の間の始まりは「押板」からです。茶室として使われる前、和室で連歌などを楽しんでいた時に、畳より少し高くなった板敷の「押板」に三具足を荘っていました。
その和室で、茶の湯を楽しむようになり、押板と床の間両方を兼ね備えた畳敷きの「床の間」が出来上がります。なぜ、板ではなく畳にしたかというと、貴人が床の間に座ることもあったからです。
茶室で使う時には、この床の間に花入を飾る必要があるため、畳敷きの床の間には花入の下に花台を置くようになったのです。畳敷きの床の間には、花台を置いていたので、籠花入にも花台を置いていました。古田織部が籠花入を花台なしで使ったことを、利休が褒めたことからその後、籠花入は花台を置かなくなりました。(これは唐物籠に限ったこと。和物の籠花入を花台なしにしたのは、もっと後のことです。)
花入のことについても書いておきます。古来、花入は唐物の置き花入(唐籠も含む)でした。和物は陶器でも竹でも籠でも掛花入と決まっていました。和物を置花入として使うようになったのは、江戸時代からです。江戸時代中期に置花入が流行ったからです。
もう一つ、花台にもふれておきます。 唐物花入(唐銅・青磁・染付など)には、真の真塗の矢筈板。 釉薬がかかった和物花入(瀬戸・萩・志野など)には、行の塗の蛤板。 釉薬がかかっていない和物花入(備前・信楽など)には草の木地の蛤板。あるいは丸香台。